シンザンとは?血統や産駒・レース動画を解説!

日本で牡馬が獲得できる
2000m以上のG1タイトルは
いくつかご存知でしょうか?

三冠、春と秋の天皇賞、大阪杯、
宝塚記念、ジャパンカップ、有馬記念の
合計9レースです。

2017年からG1に昇格した大阪杯を
除いても8つすべてを獲得した馬は
まだ表れていません。

しかし、牡馬が獲得できる
G1級のタイトルが5つだった時代に
すべてを勝ち取った名馬がいました

現代競馬の黎明期に登場し
日本のホースマンの目標として
君臨し続けた5
冠馬シンザンです。

今から55年ほど前に活躍した
一頭の名馬について
ご紹介していきます。

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シンザンの成績/戦績は?

出展:https://blog.goo.ne.jp/duke505

シンザンの通算成績は
19戦15勝 [15-4-0-0]。

デビューから19戦連続連対は
今なお、史上最多記録
として
燦然と輝いています。

戦後初の三冠馬、史上初の五冠馬
として後世に語り継がれていますが
当初は評価の高い馬では
ありませんでした

デビューから4連勝を飾った
シンザンでしたが、皐月賞の前哨戦
スプリングステークスは6番人気
陣営も負けると思っていたと言います。

そのレースを完勝したことから、
シンザンの能力が注目を集め出します。

迎えた本番・皐月賞では、
直線の入り口で先頭に立ち
そのまま押し切り一冠目を獲得

ダービー前に調整を兼ねて
出走したレースで2着に敗れ
連勝はストップしてしまいますが
本番では末脚を発揮して優勝し
二冠に輝きました

菊花賞を目指し英気を養っていましたが
40年ぶりの猛暑となった影響で
深刻な夏負けになったシンザン

調整がかなり遅れ、菊花賞前に出た
2レース続けて2着に敗れ
三冠制覇に暗雲が立ち込めます。

迎えた本番でも体調が不安視され
2番人気での出走となりましたが
直線で末脚を繰り出すと
残り200mで先頭に立ち
そのまま先頭でゴール。

23年ぶり、戦後としては初となる
三冠馬の称号を手に入れました

古馬となったシンザンは、
体調不良から天皇賞春へ
春の終わりから秋口にかけて
5
連勝を飾って天皇賞秋に出走

1.0倍という圧倒的人気に応え
四冠目を獲得します。

その後、有馬記念を目標に定めた
陣営はスクリーニングを兼ねた
試走を経て本番へ臨む
ローテーションを選択。

本番の有馬記念では、
最後の直線で外ラチ
ギリギリの大外を伸び優勝

史上初の五冠達成を置き土産に
ターフを去りました。

シンザンが見せた強さと
五冠という圧倒的な戦績から
その後の日本競馬の指針となり
「シンザンを超えろ」が
ホースマンの合言葉
として
長く使用されることになりました。

シンザンの獲得賞金はいくら?

19戦のキャリアでシンザンが
獲得した賞金は約6022万円

50年以上も前なので、現在と比べると
かなり少ないように感じられます。

当時の日本ダービーの1着賞金は
約1000万円。現在の賞金が2億円なので、
同じような活躍を
現在の馬がしたとなると
12億円以上の賞金を
獲得していたことになります。

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シンザンのレース動画

日本競馬史に燦然と輝く
名馬シンザンのレースぶりを
動画でご紹介していきましょう。

1.菊花賞

まずは三冠を達成した
1964年の菊花賞です。

春の二冠を獲得したシンザンは
夏を京都競馬場で過ごしますが
40年ぶりという猛暑の影響から
重度の夏負けにあってしまいます。

本番を前にやっと調子が
戻ってきたシンザンの前に
二冠牝馬カネケヤキが大逃げを見せ

場内が騒然とします。

しかし、泰然自若のシンザンは
遅らせ気味にスパートをすると
直線で弾けて、あっという間に先頭に。

最後は流す余裕も見せ、
史上2頭目、戦後初の
三冠を達成
しました。

1964年第25回菊花賞シンザン

2.天皇賞

続いてご紹介するのは、
四冠目となった1965年の天皇賞秋です。

当時は東京競馬場の3200mを
舞台に行われていた秋天。

前哨戦の目黒記念で63kgという
重い斤量を背負いながらも
勝利していたシンザンは
単勝1.0倍という圧倒的な
人気で出走します。

ミハルカスが大逃げを打つ中
直線で大外に出されたシンザンは
楽な手応えで抜け出し
四冠目を獲得しました。

このG1での単勝元返しは
2005年菊花賞の
ディープインパクトまで
40年間現れませんでした

3.有馬記念

最後にご紹介するのは、
シンザンの引退レースとなった
1965
年の有馬記念です。

先ほどご紹介した天皇賞で
大逃げを打つも敗れた
ミハルカスの加賀武見騎手は
シンザンに馬場の悪い内側を
通らせようと、直線で外ラチに

向かって進路を取ります。

シンザンは、ミハルカスの
さらに外側の外ラチギリギリへ

進路を取り中山の急坂へ。

中継カメラから姿が消える中、
再び映り込んだ時には、
先頭に立っており
そのまま1着でゴール。

現役最後のレースで
現代まで語り継がれる
名勝負を見せました。

1965 有馬記念 シンザン
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シンザンは伝説なのか?

戦後初の三冠、史上初の五冠
デビューから19戦連続連対
と輝かしい記録を残したシンザン。

種牡馬となってからの活躍、
そして、軽種馬の国内での長寿記録を
更新する長生きぶりも含めて
数多くの記録を生み出したシンザンは
日本の競馬史に残る
伝説の1と言えるでしょう。

日本競馬の黎明期に突如現れ
ファンや関係者に強烈な印象を
与えたとう点では、
アメリカメジャーリーグの
ベーブ・ルースのような存在

言えるかもしれません。

シンザン記念ってどんなレース?

シンザンの偉業を称えて
1967年に創設されたのが
G3
シンザン記念です。

阪神で開催された1994年を除く
すべてが1月に京都の1600m
行われています

一時期はクラシックに直結しない
レースとも言われていましたが
近年では優勝馬から
タニノギムレット、ジェンティルドンナ、
アーモンドアイというクラシックの
勝ち馬を出しているほか
ミッキーアイル、シーキングザパール
といったG1馬を出すなど
出世レースの1つとして
認知されています。

シンザン血統は?

父ヒンドスタン、母ハヤノボリ
という血統に生まれたシンザン。

ヒンドスタンは日本で7度の
リーディングサイアーを獲得
今なお重賞勝利数3位の記録を持つ
大種牡馬です。

母も半妹にオークス馬、
甥に皐月賞馬がいる名門牝系
シンザンの前に生まれた兄姉も
重賞を制しています。
現在の競馬に例えるなら
ディープインパクト産駒の
良血馬
だったと言えるでしょう。

シンザンの性格は?

シンザンは生まれつき
落ち着いた性格だった
言われています。

ラジオが流れている
賑やかな環境でも
ストレスを感じずに
眠っていたという逸話や
遠征に強かったという
話が残っています。

また、非常に利口な
馬だったとも言われており
無駄な力を使うことが
なかったので、レースで
安定した結果を残し続けた
と言えるでしょう。

シンザン脚質は?

出展:http://www.nikkankeiba.co.jp/index.htm

シンザンの最大の武器は
「鉈の切れ味」
と称された末脚

一瞬の切れ味ではなく、
長く良い脚を使える
というシンザンの特徴
表した言葉でした。

しかし、その末脚は
長く使えるだけではなく、
カミソリのようにスパっと
切れる瞬発力も
持ち合わせていたとも
言われます。

道中は先団から
中団に位置し、
直線で鉈の切れ味の
末脚を伸ばす
差し気味の脚質で
数々の栄冠を獲得しました。

シンザンの騎乗騎手は?

シンザンには3人の騎手が
レースで騎乗しました。

  • 栗田勝…シンザンの主戦。早くからシンザンの才能を見抜いていたとされる。調教師とはシンザンのローテーションを巡って何度か対立。引退レースに騎乗が叶わなかった。
  • 武田博…シンザンを管理した武田文吾調教師の長男。騎手2年目の1965年にシンザンが出走したオープン特別4戦に騎乗。
  • 松本善登…引退レースとなった有馬記念に騎乗。ローテーションの件で栗田が調教師と対立したことから、武田文吾厩舎の主戦だった松本に白羽の矢が立った。

当時は所属厩舎の馬に
騎乗するのが当然だった
時代なので、どの騎手も
シンザンを管理した
武田文吾厩舎の
所属騎手
でした。

その分、馬に対する
思いも強かったようで
栗田騎手のローテーションに
関する対立は、馬の事を
考えて起こした行動
だったと考えられます。

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シンザンの馬主は?

シンザンを所有したのは
橋元幸吉さん。

シンザンが引退をして2年後の
1967年に亡くなりますが
その後、弟の橋元幸平さんが
馬主資格を取得し
1991年の有馬記念を
制したダイユウサクなどを
所有しました。

また、シンザンクラブという名義では
「ハシ」「メモリー」の冠名

出走させ、1979年の菊花賞馬
ハシハーミットなどの
重賞ホースも所有しています。

シンザンの産駒は?

出展:Photo/Ogiyoshisan

引退後に種牡馬となったシンザンは
805頭の産駒を遺しました。

当時は外国から輸入された
種牡馬が強く、内国産は
不利な状況にありましたが
1981年の菊花賞馬ミナガワマンナ、
85年の二冠馬ミホンシンザンという
2頭のG1ホースをはじめとする
20
頭の重賞ホースを出しました。

リーディングのTop10入りを
7回果たしたほか
24年連続で産駒が勝利を挙げる
当時の日本記録を樹立
しています。

残念ながら父系は途絶えてしまいましたが
内国産種牡馬不遇の時代に
シンザンが見せた孤軍奮闘は、
後の内国産種牡馬への道を
切り拓いた
と言われています。

一方、牝系ではシンザンの血が
繋がっており、近年では
二冠牝馬メイショウマンボの
母系を辿るとシンザンに繋がります。

まとめ

日本競馬史上に残る
伝説の名馬・シンザンについて
ご紹介しました。

競走馬として、種牡馬として、
功労馬として、すべての時代に
記録を残したシンザンは
日本の競走馬だけでなく
軽種馬の歴史においても
伝説的存在です。

現代の日本競馬の
原点とも言える
この馬の名前を
ぜひ覚えておいてください。

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